前回に引き続き,「今日の料理工学」の総集編です.
前回は,これまで行った「実験」を紹介しました.今回は,これまで行った「解析」を紹介します.(「解析」とは,主に机上の検討や計算によって,ものの性質や振る舞いを,予測する試みのことです.)
★温度変化の数値解析
料理においては,「加熱」が重要な役割を演じます.「今日の料理工学」で,最も多く扱ったテーマは,「温度変化」に関するものだったと思います.
図1は,一定厚さの食材をゆでるときの,温度変化の解析です.「熱伝導」の式を元にして,数値計算(数値シミュレーション)によって求めました(詳しくは→こちら).
<図1>左:解析モデル,右:食材の温度分布


このような解析は,例えば,「水からゆでるのと,湯からゆでるので,温度変化はどう違うか」という問題の解決に,役立ちます.下図2は,水から・湯からゆでた場合で,食材内部の温度変化がどれくらい違うかを,調べた結果です.比較的厚みのある食材では,水からゆでたほうが,短時間で火が通ることが分かります.これは,「根菜は水からゆでるべし」という,よく言われる調理指針を,裏付けるものです.
<図2>

少し複雑な解析として,「鍋の温度変化」を調べたこともありました(図3,詳しくは→こちら).この解析では,「2次元の熱伝導」を,取り扱っています.やはり,熱伝導の式に基づく,数値計算で,温度分布を求めています.この結果から,「アルミの鍋は熱が伝わりやすい」ということを,裏付けることができました.
<図3>上:解析モデル,下:鍋底の温度分布


これらのほか,唐揚げを作る(詳しくは→こちら),オーブンでケーキを焼く(詳しくは→こちら),ガラス食器の急熱・急冷する(詳しくは→こちら),など,いろいろな問題について,温度変化の解析を行いました.こうした解析は,世間でよく言われる調理指針の根拠を説明するのに,そこそこ有用だったと思います.
なお,温度変化を解析するのに用いた「熱伝導解析ツール(1次元・2次元)」は,当ブログで公開しています.(詳しくは→こちら)
★包丁の切断力~「数値解」と「解析解」
温度変化の解析は,「熱伝導」という問題について,既知の一般的な解法を,料理の問題に,そのまま適用したものでした.しかし,実際に遭遇する問題の多くでは,既知の解法を,うまく適用できない場合があります.
包丁で食材を切るときの力を調べる問題も,そういった問題のひとつでした.材料を切断する問題は,工学的には,古くから検討されているようです.しかし,扱いがとても複雑なため,私の技量では,とても消化できなかったのです.苦肉の策として考えたのが,図4のように,食材を「線形ばねモデル」として扱う方法でした(詳しくは→こちら).これならば,簡単な計算で済みます(どれほど正確かは,疑問の余地がありますが).この解析の結果から,「刀身の角度が小さいほど軽く切れる」という,一般的に言われる説を,裏付けることができました.
<図4>上:解析モデル,下:切断に要する荷重



温度変化の解析では,「数値計算(シミュレーション)」によって,解を得ていました(このような解を,「数値解」と呼ぶ).コンピューターの計算速度やインターフェースが向上した昨今,数値計算は,とても便利です.しかし,数値計算では,いろいろなパラメータが,計算結果にどのような影響を与えるか,計算してみないと分からない場合があります(例えば,食材の厚みを2倍にすると,火が通る時間は何倍になるのか,など).
これに対して,上の包丁の例では,解が直接「数式」で与えられます(このような解を,「解析解」と呼ぶ).このため,パラメータを変化させると計算結果がどう変わるか,すぐに知ることができます(例えば,切断荷重は,刀身角度αの約2乗に比例する(摩擦係数μ・先端幅t・刀身角度αが小さい場合),など).これが,数値解に対する,解析解の利点だと思っています.
★解析結果のアニメ化
解析で直接得られる結果は,たいていの場合,数値や数式で表されます.数値や数式のままだと,直感的な理解がしにくい欠点があります.このため,通常は,上で見たように,グラフを用いて表します.しかし,複数の物理量が同時に時間変化する現象を取り扱う場合などには,グラフだけでは,理解が難しいことがあります.こうした場合には,解析結果を,アニメーション(動画)で表すと,分かりやすくできます.
下図5は,包丁の刃先を食材に押し込んだときの様子を,アニメーションで表したものです(詳しくは→こちら).包丁の刃先は,一直線でなく,ギザギザした「ノコ刃」になっています.このアニメーションを見ると,ノコ刃の先端が食材に押し込まれていく様子を,直感的に理解することができます.
<図5>
下図6は,包丁の動かし方による,人の腕の動きの違いを,アニメーションで比較したものです(詳しくは→こちら).包丁を真下に移動させて切る「真下切り」と,奥に押し出しながら切る「押し切り」を,比較しています.押し切りでは,肩の動きが大きいことが分かります.腕全体を使うことができるので,押し切りの方が力を入れやすいと,推測できます.
<図6>左:真下切り,右:押し切り
★実験と解析の合わせ込み
ここまで紹介した解析は,机上のものに過ぎません.すなわち,事実とどの程度あっているか,確証がありません.解析で得られた結果に,説得力を与えるためには,実験との比較検証が,欠かせないと考えられます.
下図7は,哺乳ビンのミルクを冷やすときの温度変化を,実験と解析で比較したものです.当初考えた解析モデルでは,実験結果をうまく説明できませんでした.しかし,実験結果を踏まえて,解析モデルに修正を加えることで,実験と計算の結果(温度変化)を,うまく合わせ込むことができました(詳しくは→こちら).このような「合わせ込み」で,解析結果の信頼性を,高めることができます.(「今日の料理工学」では,このような「合わせ込み」は,あまりできませんでした.)
<図7>上左・上右:実験のセットアップ,下左:解析モデル,下右:実験と解析の比較




【今回の結論】
「解析」は,「実験」と並んで,いろいろな現象の解明に,なくてはならないものです.
しかし,机上の解析だけで終わらせず,実験との合わせ込みを行うことが,とても重要だと思います.
「今日の料理工学」のコーナーは,今回で終わりです.長らくの応援,ありがとうございました.
あと少しだけ,続きます.あと少しだけ,応援よろしくお願いします.
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前回は,これまで行った「実験」を紹介しました.今回は,これまで行った「解析」を紹介します.(「解析」とは,主に机上の検討や計算によって,ものの性質や振る舞いを,予測する試みのことです.)
★温度変化の数値解析
料理においては,「加熱」が重要な役割を演じます.「今日の料理工学」で,最も多く扱ったテーマは,「温度変化」に関するものだったと思います.
図1は,一定厚さの食材をゆでるときの,温度変化の解析です.「熱伝導」の式を元にして,数値計算(数値シミュレーション)によって求めました(詳しくは→こちら).
<図1>左:解析モデル,右:食材の温度分布


このような解析は,例えば,「水からゆでるのと,湯からゆでるので,温度変化はどう違うか」という問題の解決に,役立ちます.下図2は,水から・湯からゆでた場合で,食材内部の温度変化がどれくらい違うかを,調べた結果です.比較的厚みのある食材では,水からゆでたほうが,短時間で火が通ることが分かります.これは,「根菜は水からゆでるべし」という,よく言われる調理指針を,裏付けるものです.
<図2>

少し複雑な解析として,「鍋の温度変化」を調べたこともありました(図3,詳しくは→こちら).この解析では,「2次元の熱伝導」を,取り扱っています.やはり,熱伝導の式に基づく,数値計算で,温度分布を求めています.この結果から,「アルミの鍋は熱が伝わりやすい」ということを,裏付けることができました.
<図3>上:解析モデル,下:鍋底の温度分布


これらのほか,唐揚げを作る(詳しくは→こちら),オーブンでケーキを焼く(詳しくは→こちら),ガラス食器の急熱・急冷する(詳しくは→こちら),など,いろいろな問題について,温度変化の解析を行いました.こうした解析は,世間でよく言われる調理指針の根拠を説明するのに,そこそこ有用だったと思います.
なお,温度変化を解析するのに用いた「熱伝導解析ツール(1次元・2次元)」は,当ブログで公開しています.(詳しくは→こちら)
★包丁の切断力~「数値解」と「解析解」
温度変化の解析は,「熱伝導」という問題について,既知の一般的な解法を,料理の問題に,そのまま適用したものでした.しかし,実際に遭遇する問題の多くでは,既知の解法を,うまく適用できない場合があります.
包丁で食材を切るときの力を調べる問題も,そういった問題のひとつでした.材料を切断する問題は,工学的には,古くから検討されているようです.しかし,扱いがとても複雑なため,私の技量では,とても消化できなかったのです.苦肉の策として考えたのが,図4のように,食材を「線形ばねモデル」として扱う方法でした(詳しくは→こちら).これならば,簡単な計算で済みます(どれほど正確かは,疑問の余地がありますが).この解析の結果から,「刀身の角度が小さいほど軽く切れる」という,一般的に言われる説を,裏付けることができました.
<図4>上:解析モデル,下:切断に要する荷重



温度変化の解析では,「数値計算(シミュレーション)」によって,解を得ていました(このような解を,「数値解」と呼ぶ).コンピューターの計算速度やインターフェースが向上した昨今,数値計算は,とても便利です.しかし,数値計算では,いろいろなパラメータが,計算結果にどのような影響を与えるか,計算してみないと分からない場合があります(例えば,食材の厚みを2倍にすると,火が通る時間は何倍になるのか,など).
これに対して,上の包丁の例では,解が直接「数式」で与えられます(このような解を,「解析解」と呼ぶ).このため,パラメータを変化させると計算結果がどう変わるか,すぐに知ることができます(例えば,切断荷重は,刀身角度αの約2乗に比例する(摩擦係数μ・先端幅t・刀身角度αが小さい場合),など).これが,数値解に対する,解析解の利点だと思っています.
★解析結果のアニメ化
解析で直接得られる結果は,たいていの場合,数値や数式で表されます.数値や数式のままだと,直感的な理解がしにくい欠点があります.このため,通常は,上で見たように,グラフを用いて表します.しかし,複数の物理量が同時に時間変化する現象を取り扱う場合などには,グラフだけでは,理解が難しいことがあります.こうした場合には,解析結果を,アニメーション(動画)で表すと,分かりやすくできます.
下図5は,包丁の刃先を食材に押し込んだときの様子を,アニメーションで表したものです(詳しくは→こちら).包丁の刃先は,一直線でなく,ギザギザした「ノコ刃」になっています.このアニメーションを見ると,ノコ刃の先端が食材に押し込まれていく様子を,直感的に理解することができます.
<図5>
下図6は,包丁の動かし方による,人の腕の動きの違いを,アニメーションで比較したものです(詳しくは→こちら).包丁を真下に移動させて切る「真下切り」と,奥に押し出しながら切る「押し切り」を,比較しています.押し切りでは,肩の動きが大きいことが分かります.腕全体を使うことができるので,押し切りの方が力を入れやすいと,推測できます.
<図6>左:真下切り,右:押し切り
★実験と解析の合わせ込み
ここまで紹介した解析は,机上のものに過ぎません.すなわち,事実とどの程度あっているか,確証がありません.解析で得られた結果に,説得力を与えるためには,実験との比較検証が,欠かせないと考えられます.
下図7は,哺乳ビンのミルクを冷やすときの温度変化を,実験と解析で比較したものです.当初考えた解析モデルでは,実験結果をうまく説明できませんでした.しかし,実験結果を踏まえて,解析モデルに修正を加えることで,実験と計算の結果(温度変化)を,うまく合わせ込むことができました(詳しくは→こちら).このような「合わせ込み」で,解析結果の信頼性を,高めることができます.(「今日の料理工学」では,このような「合わせ込み」は,あまりできませんでした.)
<図7>上左・上右:実験のセットアップ,下左:解析モデル,下右:実験と解析の比較




【今回の結論】
「解析」は,「実験」と並んで,いろいろな現象の解明に,なくてはならないものです.
しかし,机上の解析だけで終わらせず,実験との合わせ込みを行うことが,とても重要だと思います.
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![]() 初めまして、足跡たどってやってまいりました。
私は大工ですので包丁の切断力のところに興味を引かれ 詳しくはコチラ→をクリックしちゃいました。 私の脳みそではチンプンカンプンですが 刃先角αは包丁を前後に動かす事でα=atan(u/√包丁の移動量の2乗+Dの2乗) って事?でしょうか? 包丁の入射角のベクトルに前後の角度が付く事で 相対的な刃先角は変化するって事は、この際その事は関係ないのでしょうが・・ まあ、最近は豆腐を手のひらの上出来る時に前後に動かしちゃう娘がいるそうですが(笑) ![]() こんにちは。
私もカレーの時は必ずブレンドします。 ジャワカレー 辛口は必須アイテムで・・・それとなにかと・・・。 カレーなんだけれど、 お肉もそこそこな牛肉で贅沢をしたい時だけ、 フォン・ド・ボーを買っています。 気持ちだけなんですけれど…。(笑) ピーマンおいしそうでしたね。 私もやってみます。 みぃー | URL | 2012/01/29/Sun 18:18 [編集]
![]() 一年間の育児休業と楽しいブログ、お疲れでした。いよいよ来月2月か
らは、職場復帰ですね。やはり男の戦場は職場なり、そしてそれは、 家庭、家族あってのもの。 私は、わがペンとインターネットで戦い続けます(笑) ![]() は~・・・見るたびに読むたびに訳のわからない難しいことが・・・。頭のいい人がいるんだなぁ。
だけど!ゆっくりと圧力なべについての記事を読みたいです! フライパンも!包丁も! 育児休暇がとれるんですねー。いいですね。うらやましい。いい時を過ごされましたね。 お仕事、子育て頑張ってください!! きみ | URL | 2012/01/29/Sun 21:02 [編集]
![]() > エコエコ薪ストーブ さん
コメントありがとうございます. この図のモデルは,包丁を真下に押し込む(豆腐を切るような)場合しか,想定していませんでした.包丁を前後に動かすと,刃先の角度が小さくなるのと同じ効果があるはずですが,このモデルだと,あれれ,うまく説明できないかもしれません.うまく説明するには,もうひとひねり,必要な気がします. ノコ切りで切断する場合は,切りくずが出たりするので,もっと複雑そうですね. マツジョン | URL | 2012/01/29/Sun 23:07 [編集]
![]() > みぃー さん
こんばんは. 私は,ブレンドは初めてです.いつも,味の濃さと粘度のバランスがとれずに,苦労していたのですが,ブレンドすると,粘度を保ちながら,味を調整できるようですね. 独身の頃は,カレーといえば,牛スネかたまり肉でしたが,最近は家計が気になって,安価な切り落としばかりです. ピーマンは,焼くだけなので,ピーマン好きでしたら,ぜひお試しください. マツジョン | URL | 2012/01/29/Sun 23:11 [編集]
![]() > 二階堂 新 さん
コメントありがとうございます. そうですね.職場は戦場です.家族のため,家庭のために頑張る,「普通のお父さん」になるべく,戦いたいと思います. マツジョン | URL | 2012/01/29/Sun 23:16 [編集]
![]() > きみ さん
コメントありがとうございます. ややこしいブログで,申し訳ないです.妻にも,「理屈はいいから,結論を明確に述べなさい.」と,いつも叱られています.時間と気力・体力があるときにでも,お読みくださると嬉しいです. 育児休暇は,ほんとうに良い時間でした.もうすぐ復職,仕事がんばります. マツジョン | URL | 2012/01/29/Sun 23:20 [編集]
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