なぜでしょうか、「破壊じん性値」について書いた記事が、このブログの人気コンテンツのひとつになっているようです。学校の宿題か何かで、調べる方が多いのかもしれません。そんなわけで、「今日のおじさん・アンコール」は、ガラスの「ぜい性」について、勉強しつつ書いたこの記事。数式を使って、定量的に説明していますので、子供から大人まで、理解しやすいと思います。初出2010/10/28。
【今日の料理工学・アンコール】 ガラスが割れやすいのはなぜ?~破壊じん性値KIC
前回まで,ガラス食器の破壊について,考察してきました.
疑問に思うのが,なぜ,ガラス食器ばかり割れてしまうのか,ということです.金属(鋼,アルミなど)やプラスチックの食器は,めったに割れません.陶磁器の食器も割れますが,我が家の場合,ガラスに比べて頻度はそれほど高くない気がします.
これは,ガラスが「もろい」ためと考えられます.材料の「もろさ」を示す言葉には,次の2つがあります.
・ぜい性(脆性):材料の,もろい程度.
・じん性(靭性):材料の,もろくない程度.
つまり,ガラスは「もろい」=「ぜい性が高い」=「じん性が低い」,と言い表せます.
★材料のじん性を示す指標「破壊じん性値」
材料の強度を考える際,次の2つの視点があります[2].
a)内部に欠陥のない材料の強度
b)内部に欠陥のある材料の強度
[2]日本材料学会編;材料強度学,日本材料学会,(1994)
a)は,「引張強度」や「曲げ強度」で,ほぼ均質とみなせる材料の強度です.機械屋が「強度」といえば,普通はこちらを指すことが多いと思います.
対して,b)は,材料内部に欠陥があるときの強度です.材料内部に,き裂(亀裂)状の欠陥があると,一定以上の荷重を受けた際に,急速にき裂が進展(伝ぱ)して,破損にいたることがあるそうです[2].同じ荷重を受けていても,材料によって,き裂が進展しやすいものと,しにくいものがあります.き裂の進展のしづらさを示す指標が,「破壊じん性値(fracture toughness value)」です.破壊じん性値は,き裂先端近傍の応力状態を代表するパラメータ「応力拡大係数」を基礎として,導かれるようです.
破壊じん性値には,き裂の位置や,荷重とき裂の向きの違いによって,いろいろな種類があるようです.これらのうち,「平面ひずみ破壊じん性値」が,設計上よく使われるようです[2].この値は,ASTM(American Society for Testing and Materials)などで規定された試験で,実験的に求めることができます.また,平面ひずみ破壊じん性値は,記号「KⅠC」(Ⅰはギリシア数字)で表されるのが,慣例のようです.
平面ひずみ破壊じん性値KⅠCが大きいほど,き裂を進展させるために必要な荷重が大きくなります.すなわち,KⅠCが大きいほど,き裂が進展しにくい,「じん性が高い」材料と言えます.
★いろいろな材料の破壊じん性値
下図1のように,材料が一様な応力σ[MPa]を受けている状態を考えます.材料内部のき裂の長さを2a[m]とします.
<図1>

応力σが,次式1の値となると,急速にき裂が進展し,破損に至ります[2](これが,KⅠCの定義です).ここで,KⅠCの単位は,[MPa・m^0.5]です.
<式1>

いろいろな材料の引張強度およびKICは,次のようになっています.ガラス以外は,実際に食器に使われる材料とは,だいぶかけ離れている気がしますが,これらの値しか見つかりませんでした.また,本当はプラスチック材料も調べたかったのですが,値を見つけられませんでした.
●アルミニウム合金,A2024-T4(超ジュラルミン)
・引張強度: 324[MPa] …[2]
・KⅠC :49.5[MPa・m^0.5] …[2]
●鋼材,AISI4340(クロムモリブデン鋼・焼入れ焼戻し,航空機用?)
・引張強度:1656[MPa] …[2]
・KⅠC :61.5[MPa・m^0.5] …[2]
●ガラス,ソーダ石灰ガラス(普通のガラス)
・曲げ強度: 49[MPa] …[4]
・KⅠC :0.75[MPa・m^0.5] …[3]
●セラミック,アルミナ(Al2O3)
・曲げ強度:400[MPa] …[2]
・KⅠC : 5[MPa・m^0.5] …[2]
[3]松岡;ガラスの破壊における水分の効果,NEW GLASS,v.21,n.3,(2006)
https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/82-pdf/+82-p041.pdf
[4]日本板硝子;ガラス建材 総合カタログ
https://glass-catalog.jp/gijyutsu/index.html
★ガラスが破壊しやすい理由は
上の値を用いて,欠陥長さaと材料強度σBの関係を求めました.材料強度σBは,次のように計算しました.
i)任意の欠陥長さaに対して,式1でσを計算する.
ii)σ≦引張強度(or曲げ強度)のときは,σB=σとする.
σ>引張強度(or曲げ強度)のときは,σB=引張強度(or曲げ強度)とする.
結果を,下図2に示します.横軸は欠陥長さa,縦軸は強度σBです.
<図2>

また,下図3は,図2の縦軸の強度を,引張強度(or曲げ強度)との比で表したものです.
<図3>

この結果から,強度が引張強度(or曲げ強度)の半分になるような欠陥の長さは,次のようになります.
・アルミ :約50mm
・鋼材 :約5mm
・ガラス :約0.5mm
・セラミック:約0.5mm
ガラスやセラミックなどの「ぜい性材料」では,小さな欠陥でも,大きく強度が低下すると言えそうです.ガラス食器の使用に伴って,ガラス表面のキズは,避けられません.キズは,すなわち欠陥ですから,ガラスの強度を大きく下げる可能性があります.
さらに,ガラスは,金属材料やセラミックと比べると,もともとの強度があまり高くないので,より破壊が生じやすいと,考えられます.
【今回の結論】
ガラス食器が破損しやすいのは,次の2つが原因と考えられます.
・もともとの強度(引張強度や曲げ強度)が,それほど高くない.
・表面の小さなキズでも,強度が低下しやすい(じん性が低い).
ガラス食器の破損を防ぐには,表面にキズをつけないことが,重要そうです.
(補足) 2018/8/22
ガラスは割れやすいのですが、最近の我が家ではセトモノもよく割れるので、「コレール(Corell)」を使っています。再びガラスに戻って来た、というわけです。(コレールは、表面に圧縮応力を付与した、3層強化ガラスです。→こちらの記事)
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前回まで,ガラス食器の破壊について,考察してきました.
疑問に思うのが,なぜ,ガラス食器ばかり割れてしまうのか,ということです.金属(鋼,アルミなど)やプラスチックの食器は,めったに割れません.陶磁器の食器も割れますが,我が家の場合,ガラスに比べて頻度はそれほど高くない気がします.
これは,ガラスが「もろい」ためと考えられます.材料の「もろさ」を示す言葉には,次の2つがあります.
・ぜい性(脆性):材料の,もろい程度.
・じん性(靭性):材料の,もろくない程度.
つまり,ガラスは「もろい」=「ぜい性が高い」=「じん性が低い」,と言い表せます.
★材料のじん性を示す指標「破壊じん性値」
材料の強度を考える際,次の2つの視点があります[2].
a)内部に欠陥のない材料の強度
b)内部に欠陥のある材料の強度
[2]日本材料学会編;材料強度学,日本材料学会,(1994)
a)は,「引張強度」や「曲げ強度」で,ほぼ均質とみなせる材料の強度です.機械屋が「強度」といえば,普通はこちらを指すことが多いと思います.
対して,b)は,材料内部に欠陥があるときの強度です.材料内部に,き裂(亀裂)状の欠陥があると,一定以上の荷重を受けた際に,急速にき裂が進展(伝ぱ)して,破損にいたることがあるそうです[2].同じ荷重を受けていても,材料によって,き裂が進展しやすいものと,しにくいものがあります.き裂の進展のしづらさを示す指標が,「破壊じん性値(fracture toughness value)」です.破壊じん性値は,き裂先端近傍の応力状態を代表するパラメータ「応力拡大係数」を基礎として,導かれるようです.
破壊じん性値には,き裂の位置や,荷重とき裂の向きの違いによって,いろいろな種類があるようです.これらのうち,「平面ひずみ破壊じん性値」が,設計上よく使われるようです[2].この値は,ASTM(American Society for Testing and Materials)などで規定された試験で,実験的に求めることができます.また,平面ひずみ破壊じん性値は,記号「KⅠC」(Ⅰはギリシア数字)で表されるのが,慣例のようです.
平面ひずみ破壊じん性値KⅠCが大きいほど,き裂を進展させるために必要な荷重が大きくなります.すなわち,KⅠCが大きいほど,き裂が進展しにくい,「じん性が高い」材料と言えます.
★いろいろな材料の破壊じん性値
下図1のように,材料が一様な応力σ[MPa]を受けている状態を考えます.材料内部のき裂の長さを2a[m]とします.
<図1>

応力σが,次式1の値となると,急速にき裂が進展し,破損に至ります[2](これが,KⅠCの定義です).ここで,KⅠCの単位は,[MPa・m^0.5]です.
<式1>

いろいろな材料の引張強度およびKICは,次のようになっています.ガラス以外は,実際に食器に使われる材料とは,だいぶかけ離れている気がしますが,これらの値しか見つかりませんでした.また,本当はプラスチック材料も調べたかったのですが,値を見つけられませんでした.
●アルミニウム合金,A2024-T4(超ジュラルミン)
・引張強度: 324[MPa] …[2]
・KⅠC :49.5[MPa・m^0.5] …[2]
●鋼材,AISI4340(クロムモリブデン鋼・焼入れ焼戻し,航空機用?)
・引張強度:1656[MPa] …[2]
・KⅠC :61.5[MPa・m^0.5] …[2]
●ガラス,ソーダ石灰ガラス(普通のガラス)
・曲げ強度: 49[MPa] …[4]
・KⅠC :0.75[MPa・m^0.5] …[3]
●セラミック,アルミナ(Al2O3)
・曲げ強度:400[MPa] …[2]
・KⅠC : 5[MPa・m^0.5] …[2]
[3]松岡;ガラスの破壊における水分の効果,NEW GLASS,v.21,n.3,(2006)
https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/82-pdf/+82-p041.pdf
[4]日本板硝子;ガラス建材 総合カタログ
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★ガラスが破壊しやすい理由は
上の値を用いて,欠陥長さaと材料強度σBの関係を求めました.材料強度σBは,次のように計算しました.
i)任意の欠陥長さaに対して,式1でσを計算する.
ii)σ≦引張強度(or曲げ強度)のときは,σB=σとする.
σ>引張強度(or曲げ強度)のときは,σB=引張強度(or曲げ強度)とする.
結果を,下図2に示します.横軸は欠陥長さa,縦軸は強度σBです.
<図2>

また,下図3は,図2の縦軸の強度を,引張強度(or曲げ強度)との比で表したものです.
<図3>

この結果から,強度が引張強度(or曲げ強度)の半分になるような欠陥の長さは,次のようになります.
・アルミ :約50mm
・鋼材 :約5mm
・ガラス :約0.5mm
・セラミック:約0.5mm
ガラスやセラミックなどの「ぜい性材料」では,小さな欠陥でも,大きく強度が低下すると言えそうです.ガラス食器の使用に伴って,ガラス表面のキズは,避けられません.キズは,すなわち欠陥ですから,ガラスの強度を大きく下げる可能性があります.
さらに,ガラスは,金属材料やセラミックと比べると,もともとの強度があまり高くないので,より破壊が生じやすいと,考えられます.
【今回の結論】
ガラス食器が破損しやすいのは,次の2つが原因と考えられます.
・もともとの強度(引張強度や曲げ強度)が,それほど高くない.
・表面の小さなキズでも,強度が低下しやすい(じん性が低い).
ガラス食器の破損を防ぐには,表面にキズをつけないことが,重要そうです.
(補足) 2018/8/22
ガラスは割れやすいのですが、最近の我が家ではセトモノもよく割れるので、「コレール(Corell)」を使っています。再びガラスに戻って来た、というわけです。(コレールは、表面に圧縮応力を付与した、3層強化ガラスです。→こちらの記事)
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