このブログの検索元として、「思考展開図」がキーワードになっていることが、意外と多いようです(学校の宿題でしょうか)。思考展開図は、機械等の製品設計において、機能(概念の世界)と機構(実物の世界)の写像をとり、設計思想を整理するツールです。機械設計だけでなく、ソフトウェアや、イベントの企画などにも使える、いわゆる「ロジカル・シンキング」の道具でもあります。
今回の「今日のおじさん・アンコール」は、そんな思考展開図に焦点を当てた2本の記事を、1本にまとめた、豪華版ですよ!(初出:2011/5/16、2011/10/1)
【今日の料理工学・アンコール】 貧乏でも「いい包丁」が欲しい!~思考展開図を作る
「で,どの包丁を買えばいいの?」と,妻に聞かれました.
ちょっと待ってください.
包丁の話を始めたのは,そもそもホームセンターで包丁売り場を見たのが,きっかけです.そこで,包丁の種類が,あまりに多いことに驚いたので,包丁について調べてみよう,と思ったに過ぎません.包丁を買うつもりは,なかったのです.
だいたい,我が家には,「2000円包丁」という,立派な包丁があります.この包丁で,不満はありませんし,不満を感じるほど立派な料理も作っていません.「新しい包丁」は,おそらく今の我が家において,最も不必要なもののひとつと考えられます.
★貧乏でも買える「いい包丁」とは?
とはいえ,これだけ包丁の話を続けていると,1本「いいやつ」が欲しくなってくるのが,人情です.
しかし,問題があります.
我が家は,貧乏だったのです.
貧乏な家でも買える,「いい包丁」は,あるのでしょうか.
私の料理の友,「基本の台所」[2]によると,包丁は,以下の2つがあれば良いとのことです.
・刃渡り18cmの洋包丁
・刃渡り13~15cmのペティナイフ
[2]浅田峰子;基本の台所,グラフ社,(2002)
我が家には,既に,刃渡り18cmの三徳包丁がありますから,買い足すとすれば,ペティナイフが妥当と思われます.確かに,りんごなどの皮むきなどは,もう少し小さい包丁があれば便利なのに,と思ったことがあります.また,ぺティナイフであれば,小さいので,価格も低めだろう,と推察されます.
そこで,ペティナイフに絞って,「いい包丁」を選んでみることにしました.
★「思考展開図」を使った包丁選び
さて,包丁に限らず,品物を選定するためには,要求機能を明確にしておく必要があります.要求機能は,私の好みから,以下のように決めました.
・手入れが簡単なこと
・価格:5000円くらい
次に,要求機能から,最終的に求められるスペックを明確にする必要があります.このために,思考展開図[3]を作成しました.下図1を,ご覧ください(クリックで拡大).
[3]畑村編;実際の設計・第7巻 成功の視点,日刊工業新聞社,(2010)
<図1>

この思考展開図ですが,左から,要求機能・機能・機能要素と,要求機能を具体化していきます.そして,得られた「機能要素」のそれぞれを実現するために,具体的にどのような手段をとればよいかを考え,決定します.
この決定によって,「機構要素」が得られます.例えば,「強度が高い刃先」という機能要素は,「炭素量が多い鋼」という機構要素で,実現できます.ここで,この決定には,個人の好みや考え方が,多分に含まれていることに,注意を要します.人によっては,「セラミックの刃先」という解を得る人も,いるかもしれません.
機構要素が得られたら,これらの機構要素を同時に実現するための構造を考えます.そして,各部の構造をまとめることで,最終的な品物の形が見えてくる,というわけです.(思考展開図を、フライパン選びに利用した例もあります。こちらの記事。)
思考展開図を作成した結果,私の求める包丁は,以下の仕様のものが適当と,判断しました.
・刀身は,多層鋼材(クラッド鋼など)で,
・刃先部分は,有名銘柄の高炭素ステンレス(V金10など)
・刀身表面は,錆びにくい低炭素ステンレス(SUS410など)
・柄は,腐らないプラスチック
★5000円で買える「いい包丁」
以上のような条件で,価格5000円程度の包丁を探すと,例えば以下のものが該当しました.
ヤクセル「さやか」 ペティナイフ 5775円 …[4]
[4]ヤクセル;電子カタログ
https://www.yaxell.co.jp/
この包丁の,良い点と悪い点は,以下の通りです.
●良い点
・要求機能を,概ね満たす.
・ヤクセルは,私が今使っている包丁のメーカーなので,親しみがある.
・大量生産品と思われるので,近場の店舗で現品を確認できる可能性が高い.
・大量生産品ならば,価格のわりに品質が良好かつ安定しているはず.
●悪い点
・少し予算オーバー.
・握りの部分がステンレスで,プラスチックではない.手のなじみが気になる.
・多層鋼材なので,中心がずれないようにうまく研がないと,正しく刃をつけられない.
もう少し色々な商品を比較して,最終的な一品を決めたいと思います.
さて,包丁が決まったら,次は,まな板も選びたいところです.包丁の切れなくなる原因は,まな板との衝突による刃先形状の劣化が,一番の原因と思われるからです.
包丁の切れ味を損なわず,手入れが簡単で,値段が手頃な,「いいまな板」が,見つかると良いなあ.
この記事は,実際の商品選びに続きます.→こちら.
【今回の結論】
包丁選びに迷ったら,「思考展開図」で,要求機能を整理してみるとよいかもしれません.
貧乏な家でも買える「いい包丁」が,きっと見つかるはずです(と,思いたい).
【今日の料理工学・アンコール】 思考展開図,再び!~ふっ素樹脂フライパンの選び方
前回まで,ふっ素樹脂コーティングについて考察してきました.これまでに得た知識を元にして,今回は,ふっ素樹脂コーティングされた調理器具として,「いいフライパン」を,実際に選んでみます.
★要求機能を決定する
我が家では,今のところ,新しいフライパンは必要ありません.直径23センチのフライパン(ビタクラフト,ふっ素樹脂コーティングなし)が1個あり,これで十分なのです.しかし,今後娘が大きくなると,3人分の食事を作る必要があり,このフライパンでは大きさが不足するかもしれません.
ふっ素樹脂コーティングの調理器具としては,「卵焼き器」を所有しています.この卵焼き器を使うと,ふっ素樹脂のないフライパンに比べて,格段に上手に卵を焼けます.このため,今度フライパンを買うならば,ふっ素樹脂コーティングのものが良い,と考えています.
フライパンに限らず,品物を選定するためには,要求機能を明確にしておく必要があります.要求機能は,以下のように決めました.
・長期間使っても,調理物がくっつかないこと.
実際には,サイズや色などの条件も加わります.しかし今回は,ふっ素樹脂コーティングの機能だけに着目して,選定を進めます.
★「思考展開図」を作る
次に,要求機能を満たすために,必要となる具体的なスペックを見出す必要があります.これには,「思考展開図」[1]を用いました.思考展開図は,過去の記事,「貧乏だけど『いい包丁』が欲しい!」のときにも,包丁を選定する目的で,使ったことがあります.
[1]畑村編;実際の設計・第7巻 成功の視点,日刊工業新聞社,(2010)
思考展開図は,図1のようになりました(画像クリックで拡大します).
<図1>

この思考展開図ですが,左から,要求機能・機能・機能要素と,要求機能を具体化していきます.そして,得られた「機能要素」のそれぞれを実現するために,具体的にどのような手段をとればよいかを考え,決定します.
この決定によって,「機構要素」が得られます.例えば,「キズが母材まで到達しない」という機能要素は,「硬質材を含むふっ素樹脂被膜」という機構要素で,実現できます.ここで,この決定には,個人の好みや考え方が,多分に含まれていることに,注意を要します.人によっては,「ダイヤモンドコーティング」などという解を得る人も,いるかもしれません.
機構要素が得られたら,これらの機構要素を同時に実現するための構造を考えます.そして,各部の構造をまとめることで,最終的な品物の形が見えてくる,というわけです.
★要求機能を満たす仕様は
思考展開図を作成した結果,私の求めるふっ素樹脂フライパンは,以下の仕様のものが適当と,判断しました.
・信頼できるメーカーが施工したコーティング.
・次のような,多層のふっ素樹脂コーティング.
・最上層(表面側)は,硬質材を含まない,普通のふっ素樹脂コーティング.
・最下層(母材側)は,硬質材を含む,硬質層.
硬質材とは,セラミック(アルミナ,炭化ケイ素など)などの硬度の高い物質の,微小な粒子や短繊維などです.以前の記事の通り,硬質材を含む層は,最下層に配さないと,キズを防ぐ効果を得られません.かといって,全ての層を硬質材を含む層にしてしまうと,最上層が摩耗したときに,すぐに硬質材が露出してしまいます.硬質材が露出すると,そのぶん,ふっ素樹脂の面積が減るため,調理物がくっつきやすくなってしまいます.したがって,最上層は硬質材を含まないことが望ましいです.
また,ふっ素樹脂コーティングの耐久性を高めるためには,下地との「食いつき」や,ピンホールの少ない「緻密な被膜」などが,必須となります.これらは,下地処理や塗装・焼成工程などの影響を大きく受けそうです.このため,信頼できるメーカーが施工したコーティングでないと,耐久性に不安が残ります.
どこが「信頼できるメーカー」を,我々のような一般消費者が選ぶのは,難しいです.そのため,「有名メーカー」の製品を,選ぶしかありません.一番に思いつくのが,「テフロン」の商標を所有する業者,デュポンです.デュポンの「テフロン」は,ライセンスを得た業者しか施工できないことになっているようです[2].ライセンス付与後も,定期的な監査を行っているらしく,安心感があります.
[2]デュポン;テフロンとは
https://www2.dupont.com/Teflon/en_US/languages/ja/jpn_teflon_nonstick.html
★要求を満たす「テフロン」の種類は
さて,ひとくちに「テフロン」と言っても,いろいろな種類があるようです[2].それぞれのふっ素樹脂コーティングの構成を,下表1にまとめました.表中,上にあるものほど,高級なコーティングとされています.
<表1>

※プラチナプロのアルミナ溶射は,施工業者の記述[3]からの推定.
※ふっ素樹脂の「高強度」「難付着」の区分けは,文献[2]の「テフロン加工のしくみ」からの類推.
※プライマーは,ふっ素樹脂にバインダー樹脂(ポリアミドイミドなど)などを加えたもの[4].
[3]北陸アルミニウム;ハウスウェア部門,アルミキャスト(金型鋳造)器物製品 工程図
https://www2.hokua.com/houseware/?page_id=216
[4]三井デュポンフロロケミカル;フッ素樹脂テフロン塗料
https://www.md-fluoro.co.jp/html/paint.html
この表の中で,思考展開図から得られた仕様を満たすものを選ぶと,次の2種類が良さそうです.
a)セレクトプレミアム
b)プラチナプロ
それぞれの特徴は,以下の通りです.
a)セレクトプレミアム
最下層のみに硬質セラミック(アルミナと思われる)が配されています.中間層および最上層は,硬質材を含みません.キズの影響も,摩耗の影響も受けにくい,理想的な構成だと考えられます.
b)プラチナプロ
こちらは,下地層に特徴があります.プライマーを塗布する前に,アルミナを溶射しているようです[3].溶射とは,加熱して半溶融状態になった粒子を,表面に高速で打ち付けるものです.打ち付けられた表面には,多孔質の,でこぼこした被膜ができます.表面の硬度を高めると同時に,ふっ素樹脂の食いつきを良くする効果があると,推定されます.この食いつきの良さが,セレクトプレミアムに勝る点です.
しかし,プラチナプロでは,中間層にも硬質材(超硬質セラミック,炭化ケイ素と思われる)が配されていることです.最上層が摩耗した場合,この硬質材が露出する可能性があります.すなわち,セレクトプレミアムに比べて,早期に難付着性を失うかもしれません.
思考展開図から導かれた仕様から判断すると,セレクトプレミアムはふっ素樹脂(硬質材なし)の層の厚さが強み,プラチナプロは母材との食いつきが強み,です.どちらも,一長一短です.
なお,セレクトプレミアムとプラチナプロの中間に位置する「プラチナ」は,下地との食いつきが「並」で,中間層にも硬質材が入っていることから,選択肢から外しました.
以上を踏まえると,私ならば,「いいフライパン」として,次の選択をします.
・「テフロン」ブランドのふっ素樹脂コーティングがされた製品を選ぶ.
・コーティングの種類は,「セレクトプレミアム」または「プラチナプロ」を選ぶ.
・どちらの種類を選ぶかは,デザイン,価格などの,他の要素を見て決める.
あとは,お金があれば,いつでも買えます.
【今回の結論】
フライパン選びに迷ったら,「思考展開図」で,要求機能を整理してみるとよいかもしれません.
あなたにピッタリの「いいフライパン」が,きっと見つかるはずです.
(補足)
私の包丁への要求機能は,上述の通り,「手入れが簡単なこと」と「価格:5000円くらい」の,2つです.ここに,包丁の基本機能と思われる,「切れ味」のファクターが入っていないことは,驚くべき点かもしれません.
このことは,主婦(主夫)のニーズとして,「包丁は,そこそこ切れればよい.でも,手入れが面倒なのは,絶対に嫌.」ということが,少なからずあることを,表しているのかもしれません.「いい包丁」とは何かは,使う人によって,かなり異なるのでしょう.
(補足2)
上述では,「高炭素ステンレスを低炭素ステンレスでサンドした積層鋼材」を解としました.しかし,積層鋼材には,心配がなくはありません.すなわち,
a)異種合金の組み合わせなので,いわゆる「電池」を形成して,高炭素ステンレスの錆の進行が進んでしまうかもしれない.
b)異種合金の接合部分に,微小な隙間が発生し,ここに水分やイオンが溜まり,錆の進行が進んでしまうかもしれない.
上のうち,a)は,心配なさそうです.理由として,①異種合金とはいえ,どちらも鉄とCrの合金であり,イオン化傾向にはあまり差がなさそう,②ステンレスの防錆作用は,Crの不動態膜によるもので,Crが鉄よりイオン化傾向が低いためではない(単体でのイオン化傾向は,むしろCrのほうが高い).
b)は,最も心配な点です.実用の中で,ポイントとなるかも知れません.
(補足3) 2011/6/13
高炭素ステンレス鋼の防錆性能については,不安が残るところです.我が家では,使用後に包丁の水気を拭き取ることは,到底不可能です(ズボラなため).私が調べた限り,具体的な錆の発生程度について,紹介している情報は見つかりませんでした(中炭素ステンレス鋼よりも,やや錆びやすいという記述がある程度).我が家の環境では,どのくらい錆びてしまうのか,心配なところです.
(補足4)2012/4/7
この後、炭素量の多いステンレス鋼(VG10、1%C)を使った包丁を、買いました。実際に使ってみると、思ったほどは錆びません。実用上は、問題ないレベルと思います。ただ、炭素量の少ないステンレス鋼よりは、やはり錆びやすいようです。実際、手入れを怠ったら(洗わずに放置したら)、錆が発生してしまいました。詳しくは、こちらの記事に書きました。
(補足5)2018/8/21
ふっ素コーティングされた、新しいフライパンも買いました。上の記事では、キズや摩耗を主要な破損モードと仮定したのですが、実際には「過熱」での損傷が、我が家の場合では多いようです。したがって、硬質材を含むコーティングを用いても、あまり長くは耐付着性能が持たない、という結果になっています。詳しくは、→こちらの記事。
今回の「今日のおじさん・アンコール」は、そんな思考展開図に焦点を当てた2本の記事を、1本にまとめた、豪華版ですよ!(初出:2011/5/16、2011/10/1)
【今日の料理工学・アンコール】 貧乏でも「いい包丁」が欲しい!~思考展開図を作る
「で,どの包丁を買えばいいの?」と,妻に聞かれました.
ちょっと待ってください.
包丁の話を始めたのは,そもそもホームセンターで包丁売り場を見たのが,きっかけです.そこで,包丁の種類が,あまりに多いことに驚いたので,包丁について調べてみよう,と思ったに過ぎません.包丁を買うつもりは,なかったのです.
だいたい,我が家には,「2000円包丁」という,立派な包丁があります.この包丁で,不満はありませんし,不満を感じるほど立派な料理も作っていません.「新しい包丁」は,おそらく今の我が家において,最も不必要なもののひとつと考えられます.
★貧乏でも買える「いい包丁」とは?
とはいえ,これだけ包丁の話を続けていると,1本「いいやつ」が欲しくなってくるのが,人情です.
しかし,問題があります.
我が家は,貧乏だったのです.
貧乏な家でも買える,「いい包丁」は,あるのでしょうか.
私の料理の友,「基本の台所」[2]によると,包丁は,以下の2つがあれば良いとのことです.
・刃渡り18cmの洋包丁
・刃渡り13~15cmのペティナイフ
[2]浅田峰子;基本の台所,グラフ社,(2002)
我が家には,既に,刃渡り18cmの三徳包丁がありますから,買い足すとすれば,ペティナイフが妥当と思われます.確かに,りんごなどの皮むきなどは,もう少し小さい包丁があれば便利なのに,と思ったことがあります.また,ぺティナイフであれば,小さいので,価格も低めだろう,と推察されます.
そこで,ペティナイフに絞って,「いい包丁」を選んでみることにしました.
★「思考展開図」を使った包丁選び
さて,包丁に限らず,品物を選定するためには,要求機能を明確にしておく必要があります.要求機能は,私の好みから,以下のように決めました.
・手入れが簡単なこと
・価格:5000円くらい
次に,要求機能から,最終的に求められるスペックを明確にする必要があります.このために,思考展開図[3]を作成しました.下図1を,ご覧ください(クリックで拡大).
[3]畑村編;実際の設計・第7巻 成功の視点,日刊工業新聞社,(2010)
<図1>

この思考展開図ですが,左から,要求機能・機能・機能要素と,要求機能を具体化していきます.そして,得られた「機能要素」のそれぞれを実現するために,具体的にどのような手段をとればよいかを考え,決定します.
この決定によって,「機構要素」が得られます.例えば,「強度が高い刃先」という機能要素は,「炭素量が多い鋼」という機構要素で,実現できます.ここで,この決定には,個人の好みや考え方が,多分に含まれていることに,注意を要します.人によっては,「セラミックの刃先」という解を得る人も,いるかもしれません.
機構要素が得られたら,これらの機構要素を同時に実現するための構造を考えます.そして,各部の構造をまとめることで,最終的な品物の形が見えてくる,というわけです.(思考展開図を、フライパン選びに利用した例もあります。こちらの記事。)
思考展開図を作成した結果,私の求める包丁は,以下の仕様のものが適当と,判断しました.
・刀身は,多層鋼材(クラッド鋼など)で,
・刃先部分は,有名銘柄の高炭素ステンレス(V金10など)
・刀身表面は,錆びにくい低炭素ステンレス(SUS410など)
・柄は,腐らないプラスチック
★5000円で買える「いい包丁」
以上のような条件で,価格5000円程度の包丁を探すと,例えば以下のものが該当しました.
ヤクセル「さやか」 ペティナイフ 5775円 …[4]
[4]ヤクセル;電子カタログ
https://www.yaxell.co.jp/
この包丁の,良い点と悪い点は,以下の通りです.
●良い点
・要求機能を,概ね満たす.
・ヤクセルは,私が今使っている包丁のメーカーなので,親しみがある.
・大量生産品と思われるので,近場の店舗で現品を確認できる可能性が高い.
・大量生産品ならば,価格のわりに品質が良好かつ安定しているはず.
●悪い点
・少し予算オーバー.
・握りの部分がステンレスで,プラスチックではない.手のなじみが気になる.
・多層鋼材なので,中心がずれないようにうまく研がないと,正しく刃をつけられない.
もう少し色々な商品を比較して,最終的な一品を決めたいと思います.
さて,包丁が決まったら,次は,まな板も選びたいところです.包丁の切れなくなる原因は,まな板との衝突による刃先形状の劣化が,一番の原因と思われるからです.
包丁の切れ味を損なわず,手入れが簡単で,値段が手頃な,「いいまな板」が,見つかると良いなあ.
この記事は,実際の商品選びに続きます.→こちら.
【今回の結論】
包丁選びに迷ったら,「思考展開図」で,要求機能を整理してみるとよいかもしれません.
貧乏な家でも買える「いい包丁」が,きっと見つかるはずです(と,思いたい).
【今日の料理工学・アンコール】 思考展開図,再び!~ふっ素樹脂フライパンの選び方
前回まで,ふっ素樹脂コーティングについて考察してきました.これまでに得た知識を元にして,今回は,ふっ素樹脂コーティングされた調理器具として,「いいフライパン」を,実際に選んでみます.
★要求機能を決定する
我が家では,今のところ,新しいフライパンは必要ありません.直径23センチのフライパン(ビタクラフト,ふっ素樹脂コーティングなし)が1個あり,これで十分なのです.しかし,今後娘が大きくなると,3人分の食事を作る必要があり,このフライパンでは大きさが不足するかもしれません.
ふっ素樹脂コーティングの調理器具としては,「卵焼き器」を所有しています.この卵焼き器を使うと,ふっ素樹脂のないフライパンに比べて,格段に上手に卵を焼けます.このため,今度フライパンを買うならば,ふっ素樹脂コーティングのものが良い,と考えています.
フライパンに限らず,品物を選定するためには,要求機能を明確にしておく必要があります.要求機能は,以下のように決めました.
・長期間使っても,調理物がくっつかないこと.
実際には,サイズや色などの条件も加わります.しかし今回は,ふっ素樹脂コーティングの機能だけに着目して,選定を進めます.
★「思考展開図」を作る
次に,要求機能を満たすために,必要となる具体的なスペックを見出す必要があります.これには,「思考展開図」[1]を用いました.思考展開図は,過去の記事,「貧乏だけど『いい包丁』が欲しい!」のときにも,包丁を選定する目的で,使ったことがあります.
[1]畑村編;実際の設計・第7巻 成功の視点,日刊工業新聞社,(2010)
思考展開図は,図1のようになりました(画像クリックで拡大します).
<図1>

この思考展開図ですが,左から,要求機能・機能・機能要素と,要求機能を具体化していきます.そして,得られた「機能要素」のそれぞれを実現するために,具体的にどのような手段をとればよいかを考え,決定します.
この決定によって,「機構要素」が得られます.例えば,「キズが母材まで到達しない」という機能要素は,「硬質材を含むふっ素樹脂被膜」という機構要素で,実現できます.ここで,この決定には,個人の好みや考え方が,多分に含まれていることに,注意を要します.人によっては,「ダイヤモンドコーティング」などという解を得る人も,いるかもしれません.
機構要素が得られたら,これらの機構要素を同時に実現するための構造を考えます.そして,各部の構造をまとめることで,最終的な品物の形が見えてくる,というわけです.
★要求機能を満たす仕様は
思考展開図を作成した結果,私の求めるふっ素樹脂フライパンは,以下の仕様のものが適当と,判断しました.
・信頼できるメーカーが施工したコーティング.
・次のような,多層のふっ素樹脂コーティング.
・最上層(表面側)は,硬質材を含まない,普通のふっ素樹脂コーティング.
・最下層(母材側)は,硬質材を含む,硬質層.
硬質材とは,セラミック(アルミナ,炭化ケイ素など)などの硬度の高い物質の,微小な粒子や短繊維などです.以前の記事の通り,硬質材を含む層は,最下層に配さないと,キズを防ぐ効果を得られません.かといって,全ての層を硬質材を含む層にしてしまうと,最上層が摩耗したときに,すぐに硬質材が露出してしまいます.硬質材が露出すると,そのぶん,ふっ素樹脂の面積が減るため,調理物がくっつきやすくなってしまいます.したがって,最上層は硬質材を含まないことが望ましいです.
また,ふっ素樹脂コーティングの耐久性を高めるためには,下地との「食いつき」や,ピンホールの少ない「緻密な被膜」などが,必須となります.これらは,下地処理や塗装・焼成工程などの影響を大きく受けそうです.このため,信頼できるメーカーが施工したコーティングでないと,耐久性に不安が残ります.
どこが「信頼できるメーカー」を,我々のような一般消費者が選ぶのは,難しいです.そのため,「有名メーカー」の製品を,選ぶしかありません.一番に思いつくのが,「テフロン」の商標を所有する業者,デュポンです.デュポンの「テフロン」は,ライセンスを得た業者しか施工できないことになっているようです[2].ライセンス付与後も,定期的な監査を行っているらしく,安心感があります.
[2]デュポン;テフロンとは
https://www2.dupont.com/Teflon/en_US/languages/ja/jpn_teflon_nonstick.html
★要求を満たす「テフロン」の種類は
さて,ひとくちに「テフロン」と言っても,いろいろな種類があるようです[2].それぞれのふっ素樹脂コーティングの構成を,下表1にまとめました.表中,上にあるものほど,高級なコーティングとされています.
<表1>

※プラチナプロのアルミナ溶射は,施工業者の記述[3]からの推定.
※ふっ素樹脂の「高強度」「難付着」の区分けは,文献[2]の「テフロン加工のしくみ」からの類推.
※プライマーは,ふっ素樹脂にバインダー樹脂(ポリアミドイミドなど)などを加えたもの[4].
[3]北陸アルミニウム;ハウスウェア部門,アルミキャスト(金型鋳造)器物製品 工程図
https://www2.hokua.com/houseware/?page_id=216
[4]三井デュポンフロロケミカル;フッ素樹脂テフロン塗料
https://www.md-fluoro.co.jp/html/paint.html
この表の中で,思考展開図から得られた仕様を満たすものを選ぶと,次の2種類が良さそうです.
a)セレクトプレミアム
b)プラチナプロ
それぞれの特徴は,以下の通りです.
a)セレクトプレミアム
最下層のみに硬質セラミック(アルミナと思われる)が配されています.中間層および最上層は,硬質材を含みません.キズの影響も,摩耗の影響も受けにくい,理想的な構成だと考えられます.
b)プラチナプロ
こちらは,下地層に特徴があります.プライマーを塗布する前に,アルミナを溶射しているようです[3].溶射とは,加熱して半溶融状態になった粒子を,表面に高速で打ち付けるものです.打ち付けられた表面には,多孔質の,でこぼこした被膜ができます.表面の硬度を高めると同時に,ふっ素樹脂の食いつきを良くする効果があると,推定されます.この食いつきの良さが,セレクトプレミアムに勝る点です.
しかし,プラチナプロでは,中間層にも硬質材(超硬質セラミック,炭化ケイ素と思われる)が配されていることです.最上層が摩耗した場合,この硬質材が露出する可能性があります.すなわち,セレクトプレミアムに比べて,早期に難付着性を失うかもしれません.
思考展開図から導かれた仕様から判断すると,セレクトプレミアムはふっ素樹脂(硬質材なし)の層の厚さが強み,プラチナプロは母材との食いつきが強み,です.どちらも,一長一短です.
なお,セレクトプレミアムとプラチナプロの中間に位置する「プラチナ」は,下地との食いつきが「並」で,中間層にも硬質材が入っていることから,選択肢から外しました.
以上を踏まえると,私ならば,「いいフライパン」として,次の選択をします.
・「テフロン」ブランドのふっ素樹脂コーティングがされた製品を選ぶ.
・コーティングの種類は,「セレクトプレミアム」または「プラチナプロ」を選ぶ.
・どちらの種類を選ぶかは,デザイン,価格などの,他の要素を見て決める.
あとは,お金があれば,いつでも買えます.
【今回の結論】
フライパン選びに迷ったら,「思考展開図」で,要求機能を整理してみるとよいかもしれません.
あなたにピッタリの「いいフライパン」が,きっと見つかるはずです.
(補足)
私の包丁への要求機能は,上述の通り,「手入れが簡単なこと」と「価格:5000円くらい」の,2つです.ここに,包丁の基本機能と思われる,「切れ味」のファクターが入っていないことは,驚くべき点かもしれません.
このことは,主婦(主夫)のニーズとして,「包丁は,そこそこ切れればよい.でも,手入れが面倒なのは,絶対に嫌.」ということが,少なからずあることを,表しているのかもしれません.「いい包丁」とは何かは,使う人によって,かなり異なるのでしょう.
(補足2)
上述では,「高炭素ステンレスを低炭素ステンレスでサンドした積層鋼材」を解としました.しかし,積層鋼材には,心配がなくはありません.すなわち,
a)異種合金の組み合わせなので,いわゆる「電池」を形成して,高炭素ステンレスの錆の進行が進んでしまうかもしれない.
b)異種合金の接合部分に,微小な隙間が発生し,ここに水分やイオンが溜まり,錆の進行が進んでしまうかもしれない.
上のうち,a)は,心配なさそうです.理由として,①異種合金とはいえ,どちらも鉄とCrの合金であり,イオン化傾向にはあまり差がなさそう,②ステンレスの防錆作用は,Crの不動態膜によるもので,Crが鉄よりイオン化傾向が低いためではない(単体でのイオン化傾向は,むしろCrのほうが高い).
b)は,最も心配な点です.実用の中で,ポイントとなるかも知れません.
(補足3) 2011/6/13
高炭素ステンレス鋼の防錆性能については,不安が残るところです.我が家では,使用後に包丁の水気を拭き取ることは,到底不可能です(ズボラなため).私が調べた限り,具体的な錆の発生程度について,紹介している情報は見つかりませんでした(中炭素ステンレス鋼よりも,やや錆びやすいという記述がある程度).我が家の環境では,どのくらい錆びてしまうのか,心配なところです.
(補足4)2012/4/7
この後、炭素量の多いステンレス鋼(VG10、1%C)を使った包丁を、買いました。実際に使ってみると、思ったほどは錆びません。実用上は、問題ないレベルと思います。ただ、炭素量の少ないステンレス鋼よりは、やはり錆びやすいようです。実際、手入れを怠ったら(洗わずに放置したら)、錆が発生してしまいました。詳しくは、こちらの記事に書きました。
(補足5)2018/8/21
ふっ素コーティングされた、新しいフライパンも買いました。上の記事では、キズや摩耗を主要な破損モードと仮定したのですが、実際には「過熱」での損傷が、我が家の場合では多いようです。したがって、硬質材を含むコーティングを用いても、あまり長くは耐付着性能が持たない、という結果になっています。詳しくは、→こちらの記事。
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