以前連載していたブログ「今日の料理工学」は、圧力鍋に関する考察から始まりました。その中でも、今回紹介する記事は、ひときわ手が込んでいます。大根を使った実験で、夏休みの自由研究にも最適!なヒントがあるかもしれません。
では、「今日のおじさん・アンコール」を、お楽しみください。初出:2011/5/27
【今日のおじさん・アンコール】 圧力鍋は,味が染みにくい?~大根を用いた比較実験
「今日の料理工学」の最初のテーマとして,圧力鍋を取り上げました.(→こちら)このときの結果として,以下のことが分かりました.
・圧力鍋の内部は,高温(例えば,約120℃)になっている.
・高温だと,アレニウスの定理により,材料の煮え(破壊)が著しく速く進む.
・120℃の調理では,100℃の調理に比べて,約1/5の時間で,煮える(柔らかくなる).
圧力鍋は,調理が短時間で済むので,私は愛用しています.しかし,圧力鍋には,弱点がないわけではありません.
短時間で材料が柔らかくなるのですが,味の染み込みが,いまひとつの気がするのです.つまり,材料の「煮え」(柔らかくなること)は,約5倍速いのですが,「味の染み」は,5倍も速くないように感じます.
そこで今回は,実験をします.圧力鍋の調理で,「味の染み」がどの程度加速されるか,調べてみたいと思います.
★圧力鍋の効果を調べる! 大根を使った実験
準備した試料を,図1に示します.試料の諸元は,以下の通りです.
・試料の種類:大根
・試料の形状:イチョウ切り
・半径:約40mm
・厚さ:約15mm
<図1>

上の試料をa,b,c,dの4個準備して,次の条件で,下ごしらえしました.
●試料a:
・そのまま(下ごしらえなし)
●試料b,c,d:
1)圧力鍋に,湯をわかす.
2)試料3個を,同時に投入する.
3)圧力鍋のフタをし,圧が上がってから5分加圧,その後自然冷却
下ごしらえの後,それぞれ,以下の条件で調理しました.調味液は,しょうゆ:水=1:4で,混ぜたものです.
・試料a:室温(約20℃)で,調味液に10分間漬ける.
・試料b:室温(約20℃)で,調味液に10分間漬ける.
・試料c:普通鍋(100℃)で,調味液で10分間煮る.
・試料d:圧力鍋(推定120℃)で,調味液で10分間煮る.
試料cとdでは,湯を煮立ててから,試料を入れました.また,試料dでは,フタをして圧が上がってから10分煮て,強制減圧(おもり徐荷)しました.
調理終了後,試料a~dで,調味液の染み具合を比較します.比較項目は,以下としました.
・外観(表面および切断面)…目視観察による
・調味液の染みの深さ…定規(最小目盛=1mm)により測定
・味,食感…食べる人=36歳男性,かなりヒマ人
★さあ、煮てみよう! おいしくできるかな?
調理の様子を,図2に示します.左から,試料a,b,d,c,です.
<図2>

さて,期待の実験結果です.
調理後の試料の外観を,図3に示します.左から,試料a,b,c,d,です.
・試料a:下ごしらえなし→室温で調味液に漬けた.
・試料b:圧力鍋で下ゆで→室温で調味液に漬けた.
・試料c:圧力鍋で下ゆで→普通鍋で調味液で煮た.
・試料d:圧力鍋で下ゆで→圧力鍋で調味液で煮た.
<図3>

試料a→b→c・d,の順で,色が濃くなっています.試料cとdで,色の差は,ほとんど分かりませんでした.
試料を切断して,調味液の染み具合を観察しました.結果を,下図4に示します.
<図4>
(a)試料a:下ごしらえなし→室温で調味液に漬けた.

(b)試料b:圧力鍋で下ゆで→室温で調味液に漬けた.

(c)試料c:圧力鍋で下ゆで→普通鍋で調味液で煮た.

(d)試料d:圧力鍋で下ゆで→圧力鍋で調味液で煮た.

観察結果をまとめます.
・試料a:ほとんど色がついていない.
・試料b:少しだけ色が染みている.染みた深さは,約1~2mm.
・試料c:やや深くまで色が染みている.染みた深さは,約3~4mm.
・試料d:やや深くまで色が染みている.染みた深さは,約3~4mm.
ここで,染みた調味液の色は,グラデーションがかかっています.正確な測定は難しいので,エイヤ!で目視測定しました.
最後に,各試料を食べてみました.「いただきま~す♪」
・試料a:ゴリゴリ.味がない.
・試料b:ちょうどよい固さ.味もちょうどよい.
・試料c:柔らかい.しょっぱい.
・試料d:とても柔らかい.しょっぱい.
★まとめ:「煮え」は速いが、「味の染み」は大差なし!
まとめです.
・味の染み具合は,圧力鍋調理と,普通鍋調理で,有意な差は認められなかった.
・室温(約20℃)に比べて,圧力鍋(推定120℃)or普通鍋(100℃)調理では,染みた深さが約2倍深かった.
以前の考察では,煮える速さ(柔らかくなる速さ)について,以下の知見を得ています.
・100℃→120℃にすることで,5倍速く,柔らかくなる.
これに対して,今回の結果から,以下のことが言えそうです.
・20℃→120℃にしても,染みる速さは,約2倍にしかならない.
100℃の温度アップで染みる速さが2倍とすると,20℃の温度アップでは,染みる速さは次のようになりそうです.
2^(20℃/100℃)≒1.1倍
つまり,普通鍋→圧力鍋としても,染みる速さは,約1.1倍にしかならないと,推定されます.実際,今回の実験結果でも,普通鍋と圧力鍋とで,染みた深さに大差はありませんでした.
なぜ、このように「染み」に時間がかかるのかは、別の記事(→こちら)にまとめています。
以上の考察によると,圧力鍋の調理では,柔らかくなる速さは5倍なのに,染みる速さは1.1倍に過ぎません.したがって,圧力鍋を使うと,普通鍋に比べて,味のバランス(柔らかさと染み具合のバランス)が崩れるのは,不可避と思われます.圧力鍋を使う場合には,味付けの仕方に,注意をする必要がありそうです.
【今回の結論】
圧力鍋を使った実験の結果から,以下が分かりました.
・調理温度20℃→120℃としても,調味液が染みた深さは,約2倍にしかならなかった.
・圧力鍋(内部温度120℃)を使っても,染みる速さは,普通鍋の1.1倍程度と推定される.
【バックナンバー】
煮物編・前の記事:圧力鍋・圧力の影響
煮物編・次の記事:味が染みる原理
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では、「今日のおじさん・アンコール」を、お楽しみください。初出:2011/5/27
【今日のおじさん・アンコール】 圧力鍋は,味が染みにくい?~大根を用いた比較実験
「今日の料理工学」の最初のテーマとして,圧力鍋を取り上げました.(→こちら)このときの結果として,以下のことが分かりました.
・圧力鍋の内部は,高温(例えば,約120℃)になっている.
・高温だと,アレニウスの定理により,材料の煮え(破壊)が著しく速く進む.
・120℃の調理では,100℃の調理に比べて,約1/5の時間で,煮える(柔らかくなる).
圧力鍋は,調理が短時間で済むので,私は愛用しています.しかし,圧力鍋には,弱点がないわけではありません.
短時間で材料が柔らかくなるのですが,味の染み込みが,いまひとつの気がするのです.つまり,材料の「煮え」(柔らかくなること)は,約5倍速いのですが,「味の染み」は,5倍も速くないように感じます.
そこで今回は,実験をします.圧力鍋の調理で,「味の染み」がどの程度加速されるか,調べてみたいと思います.
★圧力鍋の効果を調べる! 大根を使った実験
準備した試料を,図1に示します.試料の諸元は,以下の通りです.
・試料の種類:大根
・試料の形状:イチョウ切り
・半径:約40mm
・厚さ:約15mm
<図1>

上の試料をa,b,c,dの4個準備して,次の条件で,下ごしらえしました.
●試料a:
・そのまま(下ごしらえなし)
●試料b,c,d:
1)圧力鍋に,湯をわかす.
2)試料3個を,同時に投入する.
3)圧力鍋のフタをし,圧が上がってから5分加圧,その後自然冷却
下ごしらえの後,それぞれ,以下の条件で調理しました.調味液は,しょうゆ:水=1:4で,混ぜたものです.
・試料a:室温(約20℃)で,調味液に10分間漬ける.
・試料b:室温(約20℃)で,調味液に10分間漬ける.
・試料c:普通鍋(100℃)で,調味液で10分間煮る.
・試料d:圧力鍋(推定120℃)で,調味液で10分間煮る.
試料cとdでは,湯を煮立ててから,試料を入れました.また,試料dでは,フタをして圧が上がってから10分煮て,強制減圧(おもり徐荷)しました.
調理終了後,試料a~dで,調味液の染み具合を比較します.比較項目は,以下としました.
・外観(表面および切断面)…目視観察による
・調味液の染みの深さ…定規(最小目盛=1mm)により測定
・味,食感…食べる人=36歳男性,かなりヒマ人
★さあ、煮てみよう! おいしくできるかな?
調理の様子を,図2に示します.左から,試料a,b,d,c,です.
<図2>

さて,期待の実験結果です.
調理後の試料の外観を,図3に示します.左から,試料a,b,c,d,です.
・試料a:下ごしらえなし→室温で調味液に漬けた.
・試料b:圧力鍋で下ゆで→室温で調味液に漬けた.
・試料c:圧力鍋で下ゆで→普通鍋で調味液で煮た.
・試料d:圧力鍋で下ゆで→圧力鍋で調味液で煮た.
<図3>

試料a→b→c・d,の順で,色が濃くなっています.試料cとdで,色の差は,ほとんど分かりませんでした.
試料を切断して,調味液の染み具合を観察しました.結果を,下図4に示します.
<図4>
(a)試料a:下ごしらえなし→室温で調味液に漬けた.

(b)試料b:圧力鍋で下ゆで→室温で調味液に漬けた.

(c)試料c:圧力鍋で下ゆで→普通鍋で調味液で煮た.

(d)試料d:圧力鍋で下ゆで→圧力鍋で調味液で煮た.

観察結果をまとめます.
・試料a:ほとんど色がついていない.
・試料b:少しだけ色が染みている.染みた深さは,約1~2mm.
・試料c:やや深くまで色が染みている.染みた深さは,約3~4mm.
・試料d:やや深くまで色が染みている.染みた深さは,約3~4mm.
ここで,染みた調味液の色は,グラデーションがかかっています.正確な測定は難しいので,エイヤ!で目視測定しました.
最後に,各試料を食べてみました.「いただきま~す♪」
・試料a:ゴリゴリ.味がない.
・試料b:ちょうどよい固さ.味もちょうどよい.
・試料c:柔らかい.しょっぱい.
・試料d:とても柔らかい.しょっぱい.
★まとめ:「煮え」は速いが、「味の染み」は大差なし!
まとめです.
・味の染み具合は,圧力鍋調理と,普通鍋調理で,有意な差は認められなかった.
・室温(約20℃)に比べて,圧力鍋(推定120℃)or普通鍋(100℃)調理では,染みた深さが約2倍深かった.
以前の考察では,煮える速さ(柔らかくなる速さ)について,以下の知見を得ています.
・100℃→120℃にすることで,5倍速く,柔らかくなる.
これに対して,今回の結果から,以下のことが言えそうです.
・20℃→120℃にしても,染みる速さは,約2倍にしかならない.
100℃の温度アップで染みる速さが2倍とすると,20℃の温度アップでは,染みる速さは次のようになりそうです.
2^(20℃/100℃)≒1.1倍
つまり,普通鍋→圧力鍋としても,染みる速さは,約1.1倍にしかならないと,推定されます.実際,今回の実験結果でも,普通鍋と圧力鍋とで,染みた深さに大差はありませんでした.
なぜ、このように「染み」に時間がかかるのかは、別の記事(→こちら)にまとめています。
以上の考察によると,圧力鍋の調理では,柔らかくなる速さは5倍なのに,染みる速さは1.1倍に過ぎません.したがって,圧力鍋を使うと,普通鍋に比べて,味のバランス(柔らかさと染み具合のバランス)が崩れるのは,不可避と思われます.圧力鍋を使う場合には,味付けの仕方に,注意をする必要がありそうです.
【今回の結論】
圧力鍋を使った実験の結果から,以下が分かりました.
・調理温度20℃→120℃としても,調味液が染みた深さは,約2倍にしかならなかった.
・圧力鍋(内部温度120℃)を使っても,染みる速さは,普通鍋の1.1倍程度と推定される.
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